ヒストンアセチル化と転写開始はどちらが先か?
この記事では、2019年9月30日にbioRxivで公開された、
“The majority of histone acetylation is a consequence of transcription”
「ヒストンアセチル化の大部分は転写の結果として起きる」
というプレプリント論文を紹介します。
#今年読んだ一番好きな論文2019 Advent Calendarの12/23の記事です。
(親しみやすく読みやすいように、最初の導入が少しポップな感じになっていますが、その後の内容自体は結構まじめです)
結論だけ知りたい!という方は”まとめ”のところから飛べます。
<目次>
- ポップな背景説明 (ヒストンアセチル化って何?という方向け)
- まじめな背景説明 (バイオ系の方はこちらから)
- ゲノムDNA上におけるHATの分布は、そのDNAに巻き付くヒストンのアセチル化の分布と、結構一致していない…!
- お…!ヒストンアセチル化は転写開始の後に起きてるっぽいぞ!
- これまでの結果を考察してみる
- 著者に疑問をぶつけて、もう少し掘り下げてみる
- まとめ (概要だけ知りたい忙しい方向け)
- 結局、この論文の何がおもしろかったのか
ポップな背景説明 (ヒストンアセチル化って何?という方向け)
時はクリスマスパーティーの準備中。
この世には2種類の人間がいる…
クリスマスツリーのてっぺんの星を飾り付けてからクリスマスパーティーを始める段取りの良い奴と、
あえて準備の時にはツリーに星を飾り付けず、パーティーが盛り上がってきたところで「オレが買ってきたこの星の飾り、綺麗だろ?」と言わんばかりに飾り付けちゃう目立ちたがり屋な奴だ。
え?そんなの聞いたことない?
まあそういう人がいてもいいじゃないですか。クリスマスの楽しみ方は人それぞれです。
冒頭の2つのパターンをイラストで書くと次のようになります。
星の飾りを付ける、この記事の主人公を、帽子が似合いそうなので「HATくん」とします。
バイオ系学生達にとって、HATくんは段取りが良くて、パーティーが始まる前にスマートに星を付ける性格というのが常識でした(パターンA)。HATくんが星を飾り付けるのが最初の号令で、電飾やオーナメント等の飾り付けが行われ、パーティーが始まるという流れです。(星を飾り付けることでパーティーが始まる、と解釈して下さい)
しかしこの論文では、HATくんは意外にも(ナルシスト的で?)パーティーが始まってから星を付けちゃう性格ですよ、ということが示唆されました(パターンB)。つまり、クリスマスツリーに星が付けられることでパーティーが始まるという通説(パターンA)に、疑問を投げかける研究です。
ちなみに設定上、キラキラ光る電飾が付かないとツリーが光らなくて盛り上がりに欠けるため、パーティーは始まらないという前提があるので覚えておいて下さい。
さてさてこの記事では、難しい言葉で
クリスマスツリーのことをヒストン
クリスマスツリーに星をつけることをアセチル化
星をつける主人公HATくんはそのままHAT
キラキラ光る電飾をRNAポリメラーゼ
パーティーが始まることを転写開始
と呼んでいます。
ということで、次のように読み替えてあげると、イントロはバッチリです!
- パターンA
HATくんによってクリスマスツリーに星が付くことが、パーティー開始の号令になる
→HATによるヒストンのアセチル化が、転写開始の引き金になる
- パターンB
パーティーが始まってから、クリスマスツリーに星を付ける
→転写が開始してから、ヒストンのアセチル化が起きている
以下の記事では、2つの説のどちらなのか検証していきます!
例え話で逆にわかりにくくなった?ごめんなさい!笑
さて、気を取り直して、
ここから先は一切クリスマスの話はでてきませんが、バイオ系じゃない人も読んで見て下さいね!
結構シンプルなお話だと思います!
まじめな背景説明 (バイオ系の方はこちらから)
ヒストンのアセチル化が、転写の活性と相関があるというのは既に教科書などで書かれている通りです。「ヒストンH3の9番目のリジン残基がアセチル化されると、遺伝子の転写が活性化する」という感じです。
ヒストンのアセチル化は細胞内のヒストンアセチル基転移酵素(Histone Acetyl Transferase:HAT)により行われる。HATはヒストン中の特定のリジン残基(K)のアミノ基(-NH2(-NH3+))をアミド(-NHCOCH3)に変換することにより電荷を中和し、ヒストン-DNA間の結合を部分的に弱める。これにより、ヌクレオソーム同士をつないでいるDNA鎖(リンカーDNA)に対して転写因子やRNAポリメラーゼがより結合しやすい状態になり、結果として転写が活性化される。ヒストンの脱アセチル化では、このアセチル基が加水分解により除去され、元のアミノ基に戻ることによりヒストンへのDNAの巻きつきが強められ転写が抑制される。ヒストンの脱アセチル化はヒストン脱アセチル化酵素(Histone Deacetylase:HDAC)によって行われる。
ヒストン - 脳科学辞典より引用
確かに、転写活性化因子によりHATがプロモーター領域に連れて行かれることも知られているため、HATはヒストンアセチル化により転写を「開始」させていると考えられます。
しかしながら、HATのヒストンアセチル化が転写開始を引き起こしているという説明には、まだ検証の余地があります。
もしHATが持つ他の機能が転写開始に働いているとしたら…?
というのも、HATがアセチル化するのは「ヒストン」だけではなく、他のタンパク質もアセチル化することが知られています(参照元link→Building a KATalogue of acetyllysine targeting and function | Briefings in Functional Genomics | Oxford Academic)。その中には、クロマチンリモデリング因子などの転写に密接に関わるタンパク質もあります(参照元link→Gcn5 regulates the dissociation of SWI/SNF from chromatin by acetylation of Swi2/Snf2)。
ということで著者らは、本当に「ヒストン」のアセチル化が転写開始に働くのかを調査します。
ゲノムDNA上におけるHATの分布は、そのDNAに巻き付くヒストンのアセチル化の分布と、結構一致していない…!
ここから結果です(著者らが書いている順番と違いますが、データを省く都合でこうなりました。ご了承下さい。)。
著者らは、酵母のHAT複合体の構成因子の1つである“Epl1”というタンパク質を中心に実験を行いました。クロマチン免疫沈降(Chromatin immunoprecipitation、略称 ChIP)と次世代シークエンスを組み合わせたChIP-seqという手法により、ヒストンアセチル化の抗体で免疫沈降をして取れてきたリードをTSS(転写開始点)を基準に並べ直したのが赤色、Epl1に付けたタグに対する抗体で取れてきたデータが紫色です(Fig. 3A)(オレンジと青色は省略)。
TSSの左側(転写開始点の上流なのでプロモーターなどを含む領域)に注目すると、ヒストンアセチル化の分布(赤色)と、HATの分布(紫色)が一致してません。なんと真逆の傾向を見せています。
背景説明の最後の部分で、本当に「ヒストン」のアセチル化が転写開始に効いているの?という疑問を投げました。それを踏まえると、このHATとヒストンアセチル化の分布がプロモーター領域で一致していない(他の領域と比較してHATの量が増えているのにヒストンアセチル化は減っている)という結果は、「HATさえあれば、ヒストンアセチル化はなくても転写が開始する」という仮説を支持します。
色々なHATを網羅的に調べている訳ではないので、何がこの領域のアセチル化を制御しているのかは分かりませんが、今まで信じられてきた通説では説明できないデータが出たのは事実です。
HATのヒストンアセチル化が転写開始を引き起こしているという説明が怪しくなってきたところで、さらに大胆な仮説として、ヒストンアセチル化は転写活性化の引き金となっている(primarily cause transcription)のではなく、転写が活性化された跡として残る結果的なもの(consequence of transcription)なのではないか?という問いに挑みます。
お…!ヒストンアセチル化は転写開始の後に起きてるっぽいぞ!
1,10-フェナントロリン・一水和物(1,10-pt)というRNAポリメラーゼⅡの阻害剤を用いた状態での、ヒストンアセチル化の挙動が調べられました。細胞全てを含むライセートでウエスタンブロットを行い、アセチル化されているヒストンのみを抗体で標識すると、様々な場所におけるヒストンのアセチル化が、RNAポリメラーゼの阻害により減少することがわかりました(Fig. 1A)。
一方、抗アセチル化ヒストン抗体によるChIP-seqでどのゲノム領域のヒストンアセチル化が影響を受けているのか調査したところ、TSSのすぐ下流の領域で特にヒストンアセチル化が減少することがわかりました(Fig. 1D)。
そして、先程のFig. 3同様HAT複合体の構成因子であるEpl1を標的にしたChIP-seqで、RNAポリメラーゼを阻害した際のHATの分布を調べてみると(阻害前が青色、阻害後が赤色のグラフ)、TSSの下流のHATが減少し、TSSの上流のHATが増加する、という結果が得られました(Fig. 2)(色が薄いグラフは省略)。
以上の結果から、RNAポリメラーゼがHATのヒストンアセチル化活性に必要であり、その機構としてRNAポリメラーゼがHATをTSS上流(プロモーター)からTSSの下流に連れてきているor維持している、ということが示唆されました。
どういう分子機構でRNAポリメラーゼがHATの分布を変えているのだろう?というのは気になるところですが、この論文からはまだ分からないという印象でした。
これまでの結果を考察してみる
今までの通説では、HATがヒストンアセチル化により転写活性化の引き金になっていると考えられていましたが、この論文の結果を次のように解釈すればどうでしょうか?
「RNAポリメラーゼが阻害された」という系を「RNAポリメラーゼがTSS付近にいない」状況であると仮定すれば、これは「転写が起きる前の段階」のモデルと言えます。RNAポリメラーゼ阻害によりヒストンアセチル化が大幅に減少したことから、「転写が起きる前の段階」では、ヒストンアセチル化はほとんど起きていないと考えられます。
うーーん、確かにそうかも知れないけど、今まで思っていたのと違う説明をされると色々疑問が浮かびます。
- この転写開始前の段階でHATは、ヒストンアセチル化じゃなくて何をしているのでしょうか?
→恐らく背景説明で述べた「ヒストン」以外のタンパク質に対してアセチル化をして、転写開始に貢献していると考えられます。
- では転写におけるヒストンアセチル化の意味って何なのでしょう?
→アセチル化がTSSの上流よりもむしろ下流に多いことから、ヒストンアセチル化は転写の引き金になっているのではなくて、転写の伸長を促進したりすることで転写活性化が起きている遺伝子をactiveなままキープしておく役割があるのでは?という仮説が考えられます。
- そして、ヒストンアセチル化の分布とHATの分布が一致しなかった件です。「TSSのすぐ上流ではHATが相対的に多いのにアセチル化レベルは低い」、「TSSのすぐ下流ではHATがそこまで多いわけではないのにアセチル化レベルは相対的にかなり高い」という結果は何を意味するでしょうか?
→これはHATを目的の場所に連れて行くのみではなく、連れて行った後にHATを活性化する別のステップが必要であることを示唆します。その別のステップにRNAポリメラーゼが関与しているのでは?というのが著者らの仮説です。
著者に疑問をぶつけて、もう少し掘り下げてみる
今回紹介した論文はbioRxivというプレプリントサーバーに上がっていたものです。日頃からプレプリントにまで目を通しているという人、アラートが来るようにしている人、プレプリント?なにそれ?という人など、色々な方がいると思いますが、”preLights”というサイトをご存知でしょうか?簡単に言うとバイオ系プレプリント論文のまとめサイトで、Journal of Cell Science 誌などを発行するThe Company of Biologistsによって運営されています。
preLightsで興味深いのが、サイトのまとめ記事に対して著者が直々に質問に答える形でコメントを付けてくれることあるんです。今回紹介した論文でも著者からのコメントがあったので1つだけ紹介します。
ヒストンアセチル化にはRNAポリメラーゼが必要であるということだが、RNAポリメラーゼの転写活性(伸長)は必要なのか?それとも、RNAポリメラーゼがHATと同じ場所にいるだけでいいのか??
→両方あり得るが、著者らは前者を推すらしい。RNAポリメラーゼの転写活性も必要だと考える理由として、著者らは次のような仮説を考えている。始めにRNAポリメラーゼとDNAが相互作用してヒストンとDNAを剥がしていき、ヒストンをHATがアセチル化しやすい状態にする。その後にアセチル化が起きる。この仮説が正しければ、RNAポリメラーゼの転写開始がヒストンアセチル化に必要ということになる。
後者のRNAポリメラーゼがHATと同じ場所にいれば十分という場合は恐らく、始めにRNAポリメラーゼがヌクレオソームにstuck:立ち往生することが、足場的な役割としてHATの活性に大事なのだろう。
preLights のページより意訳。一部改変。
まとめ (概要だけ知りたい忙しい方向け)
この記事では、以下の実験結果を説明しました。
そして考察として、次のようなモデルが考えられます。
注意点1:重要なこととして、この論文は「ヒストンアセチル化が転写活性化を促進できない」ということを示したのではありません。タイトルだけ見ればそう思ってしまいそうですが…(実際僕もそうでした)。ややこしいので、「ヒストンアセチル化にはRNA PolⅡが関与している」くらいのタイトルで良い気もしています。
注意点2:全てのヒストンアセチル化がRNAポリメラーゼに依存しているという訳でもありません。元論文のタイトルに "Majority" とあるように、逆にある程度の "Minority" のヒストンアセチル化は今までのモデルで働いているのかもしれません。
「多くのヒストンアセチル化はRNAポリメラーゼにも制御されている」という考察なら可能と思います。
結局、この論文の何がおもしろかったのか
振り返ってみると、ヒストンアセチル化が転写活性化に関与していることは紛れもない事実で、単にこの論文では「それが最初のきっかけなのかどうか」、という些細な問題を考えただけのような気もします。
結局、ヒストンアセチル化が転写の引き金になっていようがいまいが、「HATは転写活性化を引き起こすし」「ヒストンアセチル化は転写活性化の目印になる」じゃない。「今までの通説が覆る」っていうの、タイトル詐欺じゃないの?
そんなことに興味があるのはエピジェネティクスをガチで専門にしてる人だけでしょ?
うーーん、、確かにそんな気もしますねぇ。。(論文の著者の方々ごめんなさい)
あれれ、僕がこの論文を「#今年読んだ一番好きな論文2019」の題材に選んだのはなんでだったっけ?
少し考えてみました。最後になって自分語りが長いですが、ここからは主観たっぷりで、この論文のおもしろさって何だろうということについて。
1言でまとめると、常識がアップデートされた点かなと思います。
具体的には、
生物学的な重要性という意味で、
転写という超重要プロセスが開始する「本当の最初の引き金」は何なのか?という根源的な疑問が、再び浮かび上がったことに、スゲーってなった。
また、もっとメタ的な意味でも、
今まで僕が当然だと思っていた教科書の説明には、実は論理の飛躍があって、丁寧に思考していけば、まだまだ未知の発見があるんだろうな、というところにロマンを感じた。(と同時に、日頃からもっとシャープに問題を捉えていきたいというか、ボーッと生きてないで頑張ろうって思えた)
図にするとこんな感じ
赤字で付け足したような話はこの論文を読むまで考えてなかったなーと。
うん。こういうことを感じたから、この論文を読んで、やっぱり研究って面白いなーっていう気持ちになったんです。だからこの論文が今年一番好きでした!
いかがでしたか?
隙あらば自分語りということで、個人的にここが好きだった…!という感想を長めにプレゼンしてしまいましたが、#今年読んだ一番好きな論文2019ってそういう企画ですよね!?きっと共感してくれる方も多いと信じてます!
ブログのコメントでもtwitter経由でも、この記事の内容に関する指摘やコメント、感想など聞かせてもらえると嬉しいです!
ここまで読んでいただいてありがとうございました!