今回abstractを全訳するのは、2013年10月24日号のCellに掲載の「Muscle Mitohormesis Promotes Longevity via Systemic Repression of Insulin Signaling. (インスリンシグナリングの全身的抑制を介した筋肉内ミトホルミシス*1が寿命を延長する。)」という論文で、米国Harvard Medical School, Department of Geneticsの Dr. Norbert Perrimonが率いるラボからの仕事である。
以下私訳と勝手な注釈。
ミトコンドリア機能不全は老化に関連するとされている。筋ミトコンドリアの障害に応答して起こる補償的なストレスシグナル伝達カスケードの、生体内全身における統合的な理解のために、著者らは筋ミトコンドリア損傷のショウジョウバエモデルを解析した。筋肉ミトコンドリアの軽度な損傷はミトコンドリア機能を維持し、年齢依存的な筋肉の機能低下と構造の劣化を妨げ、寿命を延ばすことを見出した。驚くべきことに、
1. ミトコンドリアストレス応答(UPRmt)を調節する遺伝子が筋肉において、JNKシグナリング*2に依存して誘導されること
及び、
2.インスリン様増殖因子結合タンパク質7(以下IGFBPs)*3のハエホモログが転写誘導されていること
という2つの結果*4から、
少なくとも2つの寿命延長の補償シグナル伝達因子がこの効果に関与していることが示された。
著者らは、いくつかのIGFBPsが哺乳類においても存在しているため、ヒトの筋肉ミトコンドリア損傷においても同様にIGFBPsが分泌されるのではないかと考えている。この研究は、異常なインスリンシグナリングに関連する疾患に対しての新たな問題提起となった。
要するに、筋ミトコンドリアの軽度な損傷が寿命を引き伸ばすことを発見し、その分子メカニズムがUPRmtの活性化、及び、インシュリンシグナリングの抑制による?マイトファジーの促進であることを示した論文。
なるほど、さすがNorbert Perrimonのラボということで、ハエの強みをこれでもかというくらいに使っている論文。UPRmtのについての理解を深めようと読んだが、IGFBPsがマイトファジーを促進しているという意外な知見まで知れてしまった。そして、それこそがこの論文のハイライトだろう。*5
ROSとUPRmtの関連について、単にJNKが相関しているというだけでなく、さらに詳しく踏み込んで理解したいと思った。
以下のScience Signaling誌editorによる解説記事(の日本語訳版)も参考にされたい。
*1:ホルミシスとは臨床用語で、ある物質が高濃度あるいは大量に用いられた場合には有害であるのに、低濃度あるいは微量に用いられれば逆に有益な作用をもたらす現象を示す言葉であり、ミトコンドリアのミト+ホルミシスの造語がミトホルミシスということで、特に低いレベルの酸化ストレスが生体にとって有利にはたらく現象を示す。
*2:JNK酸化還元に依存するシグナリングなの?どういう意図でredoxという単語が原文で使わていたのかいまいちつかめなかった。抗酸化作用を示す酵素をいれることで、UPRmt関連遺伝子:HSP70などの発現上昇は打ち消されることも示していた。
*3:インシュリンシグナリング伝達に対して、全身においてアンタゴニストとして拮抗し、マイトファジーを促進する。
*4:これら2つ結果は、1つ目が筋ミトコンドリアの軽度な障害が補償的に働くという表現型から出発したミトコンドリア関連遺伝子?のスクリーニング、2つ目が補償的に働くものの、体が小さいことから出発した成長因子のスクリーニング。両者とも致死を指標とした遺伝学的スクリーニングである。
*5:本筋と関係ないがRNAiのコントロールとしてUAS-white-IRを使うという発想に感動した。遺伝子組換え個体を作る際にwhiteはマーカーとして壊されているので、whiteを標的にしたRNAiをかけることが1番リーズナブル。