Hippoシグナリング経路によるYki independentなシナプス形態形成の制御機構 (Cell Reports 2016年8月30日号掲載論文)

今回abstractを全訳するのは、2016年8月30日号のCell Reportsに掲載の「The Strip-Hippo Pathway Regulates Synaptic Terminal Formation by Modulating Actin Organization at the Drosophila Neuromuscular Synapses.(Strip-Hippo経路は、ショウジョウバエの神経筋接合部におけるアクチンのアセンブリを調節することによってシナプス末端を制御する。)」という論文で広島大学理学研究科生物科学専攻の千原崇裕教授が率いるラボからの仕事である。

 

以下私訳と勝手な注釈。

シナプス形成には、軸索伸長、細胞骨格の安定性、多様な細胞シグナル伝達などに対しての正確な調整が必要とされる。しかし、これらが相互に作用していく機序は不明なままである。そこで著者らは、これらのプロセスを調節するストリンチン相互作用性ホスファターゼ・キナーゼ(STRIPAK)複合体の構成要素であるStripが、ショウジョウバエの神経筋接合部におけるシナプスブートンの発生に必要不可欠であることを示した。その発生の過程で、Stripは臓器サイズの制御因子であるHippo(Hpo)経路*1の活性を負に調節することが示された。Stripは、シナプス末端にむけたアクチンの局在*2を調節するために、直鎖状アクチンの重合や伸張を制御し、Hpo経路の下流標的と推定されるEnabledと遺伝学的に相互作用する。*3この調節は、通常のHpo経路の下流標的である転写コアクチベーターYkiとは独立して起こる。本研究により、シナプスの発生におけるStrip-Hippo経路の新たな役割が明らかとなった。*4

 

要するに、Hippo経路がシナプスの形態形成に関わっていることを初めて示した論文。

 

satellite boutonの制御機構が知りたかった自分向けにまとめておくと、ショウジョウバエ神経筋接合部におけるsatellite boutonの形態形成には、Stripというタンパク質がかかわっており、このStripがなくなると、活性化したHpo経路のwtsによって、Enableという直鎖状アクチンの重合や伸張を制御しているタンパク質がリン酸化されて不活化されることで、直鎖状アクチンが枝分かれるようになり、satellite boutonができてきてしまう、ということを提案した論文。

 

これまでの研究で、ALS原因遺伝子のCazやCMT原因遺伝子のdFIG4もHippoのノックダウンによりハエモデルの病態改善が示されており、CazのノックダウンにおいてはHippoの発現量が上昇している*5ことから、神経変性疾患の原因遺伝子は一般的にHpoを抑えているという可能性が見えてきた。単にHpoを抑えれるだけで、それが神経変性疾患の万能の薬になったりしたらおもしろい。

www.sciencedirect.com

*1:進化的によく保存されているHippo経路だが、シナプス形成における役割に関しては報告がないので、著者らはこれを新規性として強調している。

*2:これもorganizationの訳が困った。アクチンが局所的に集まっていくこと。局所的なアクチンのアセンブリ

*3:具体的には、wtsによって、Enaがリン酸化されて不活化されることで、Arp2/3が活性化され、F-actin(直鎖状アクチン)が枝分かれるようになり(F-actionダイナミクスが乱れるとも言う)satellite boutonができるという仕組み。

*4:細胞シグナル伝達とアクチンの制御が結び付いたというのが本研究のハイライト(インパクトのある点)だと言っているが、著者らの日本語の解説では、stripが微小管、アクチンの両者と複合体を形成することから、微小管・アクチンをつなげる新たな分子Stripが見いだされたことを強調しており、この発見が細胞骨格の理解に新たな洞察をもたらすだろうと言っている。

*5:その論文は添付のAzuma et al.