ER-ミトコンドリア間MCSの乱れによるROS産生がガンの成長を抑制する (The EMBO Journal 2019年7月15日号掲載論文)

 結論から言うと、ER-ミトコン間MCSの異常に起因するROSの産生が、カルシニューリンを酸化することでNFAT1の脱リン酸化を阻害し、ガンの成長を抑制するというメカニズムを提唱し論文。

 

本日は「Redox signals at the ER–mitochondria interface control melanoma progression (ER–ミトコンドリア間MCSでの酸化還元シグナルはメラノーマの進行を制御する)」という論文で、ドイツ Molecular Physiology, Institute of Cardiovascular Physiology, University Medical Center, Georg‐August‐University の Dr. Ivan Bogeski のグループによる研究。(論文サイトへのlink→*1

 

ミトコンドリアとER間のMCSを介したカルシウムイオン伝達とガンの関連を示した論文です。とはいえ細胞膜(PM)も関与していて、馴染みの少ないシグナル分子も登場するし、まじで変数が多くて複雑でした。

まず、細胞内ROSのレベルが異常になる原因というのは、

  • オルガネラのダイナミクスの変化
  • ミトコンの呼吸鎖複合体の不全
  • ROSを除去する因子の機能低下
  • オンコジー由来のストレス

などが挙げられます。

 

この内の

というのは、ミトコンドリアが過度に肥大化したり断片化する、というような単一オルガネラレベルの議論だけでなく、ミトコンドリアとER間のシグナル伝達がおかしくなったり、それらのMCS形成がおかしくなったり、という複数のオルガネラが関与する異常も含みます。

要はガンの研究をするのにオルガネラが大事、ということなのですが、
この論文では次のような問いを検証しました。

  • ミトコンドリアと他のオルガネラによるMCSが、ガンの進行にどのような影響を与えるのか?
  • ミトコンドリアとERが、どのようなシグナル伝達経路を通して、ガンの表現型に影響を与えるのか?

結果は以下の図のようになりました。

 

https://www.embopress.org/cms/attachment/a3e0d38a-1ca9-48b8-b735-748b06de787c/embj2018100871-abs-0001-m.jpg

論文のサイトより引用

著者らは様々な先行研究に基づき、酸化還元酵素であり、ER-mito間のMCS形成を促進する働きも知られているTMX1とTMX3に着目しました。

コントロールの青枠の図と比較して、TMX1とTMX3のKDにより、赤枠の図のようにERとミトコンドリアの分布が変化し、ROSが産生され、ROSがカルシニューリンを酸化することでカルシニューリンが機能不全になり、カルシニューリンがNFAT1を脱リン酸化できなくなることでメラノーマの成長が抑圧されることが示されました(NFAT1は脱リン酸化されることで核移行する転写因子。細胞増殖を亢進させる方向にはたらく)。また、TMX1とTMX3がメラノーマで高発現していることも明らかになりました。

 

この論文の結果により著者らは、TMXを介してERとミトコンが近接することが、代謝・酸化還元状態・カルシウム恒常性維持などに寄与しており、ガンの成長や転移を促進しているというモデルを提唱しています。

逆に言うとガン細胞というのは、MCSなどを通してROSの量を低く抑えることにより、増えまくっているということですね。

結局、ER-mito間やPM-mito間のMCSがどのようにROSの産生量に影響を与えるのか、というところが掴みきれなかったのでまた追記したいです。

→1/4追記
ER上にある酸化還元酵素が減少することで、細胞全体のROSが増加してしまうという現象は起きていそうです。MCSの乱れやカルシウムの流れがどのくらい関与しているのでしょう。

 

興味を持たれた方はabstractもどうぞ。

Reactive oxygen species (ROS) are emerging as important regulators of cancer growth and metastatic spread. However, how cells integrate redox signals to affect cancer progression is not fully understood. Mitochondria are cellular redox hubs, which are highly regulated by interactions with neighboring organelles. Here, we investigated how ROS at the endoplasmic reticulum (ER)–mitochondria interface are generated and translated to affect melanoma outcome. We show that TMX1 and TMX3 oxidoreductases, which promote ER–mitochondria communication, are upregulated in melanoma cells and patient samples. TMX knockdown altered mitochondrial organization, enhanced bioenergetics, and elevated mitochondrial‐ and NOX4‐derived ROS. The TMX‐knockdown‐induced oxidative stress suppressed melanoma proliferation, migration, and xenograft tumor growth by inhibiting NFAT1. Furthermore, we identified NFAT1‐positive and NFAT1‐negative melanoma subgroups, wherein NFAT1 expression correlates with melanoma stage and metastatic potential. Integrative bioinformatics revealed that genes coding for mitochondrial‐ and redox‐related proteins are under NFAT1 control and indicated that TMX1, TMX3, and NFAT1 are associated with poor disease outcome. Our study unravels a novel redox‐controlled ER–mitochondria–NFAT1 signaling loop that regulates melanoma pathobiology and provides biomarkers indicative of aggressive disease.

(私訳と勝手な注釈) 

活性酸素種(ROS)は、癌の成長と転移の重要な調節因子として知られています。ただし、細胞がオルガネラを通してレドックスシグナルを統合する過程が、癌の進行にどのように影響を与えるのかは完全には理解されていません。ミトコンドリアは細胞の酸化還元ハブであり、隣接するオルガネラとの相互作用により、高度に調節されています。この論文では、小胞体(ER)とミトコンドリアのMCSにおいてROSがどのように生成され、メラノーマの表現型に影響するかを調査しました。 ER-ミトコンドリアのコミュニケーションを促進するTMX1およびTMX3酸化還元酵素が、メラノーマ細胞および患者サンプルでアップレギュレートされていることが示されます。 TMXのノックダウンにより、ミトコンドリアの組織化(恐らく分布・大きさ・数などの意味)が変化し、生体エネルギー産生が増加し、ミトコンドリア由来およびNOX4由来のROSが上昇しました。TMXノックダウンによる酸化ストレスは、NFAT1活性を阻害することに依存して、メラノーマの増殖、転移、異種移植片の腫瘍成長を抑制しました。さらに、NFAT1陽性およびNFAT1陰性の黒色腫サブグループがあることを発見し、NFAT1発現量が黒色腫の病期および転移能と相関していることを示しました。統合バイオインフォマティクスという手法により、ミトコンドリアおよびレドックス関連タンパク質をコードする遺伝子がNFAT1の制御下にあることが明らかになり、TMX1、TMX3、およびNFAT1が疾患の予後不良と関連していることが示されました。著者らの研究は、酸化還元制御されたER-ミトコンドリア-NFAT1新規シグナル伝達ループを発見し、メラノーマの病理生物学を調節し攻撃性疾患の指標となるバイオマーカーを提供します。