ミトコンドリアUPRが細胞質に伝わる経路とその引き金は何なのか? (Cell 2016年9月8日号掲載論文)

結論から言うと、ミトコンドリアのストレス応答が、「脂肪酸の異常な蓄積を感知→2つの転写因子*1を活性化→サイトゾルのUPRが亢進」というスキームで伝播し、タンパク質ミスフォールディングストレスに対応していることを示した論文。

 

ということで今回abstractを全訳するのは、2016年9月8日号Cellに掲載の「Lipid Biosynthesis Coordinates a Mitochondrial-to-Cytosolic Stress Response. (脂質生合成が、ミトコンドリアから細胞質へのストレス応答を引き起こす。)」という論文で、前回、前前回に引き続き、米国University of California, BerkeleyのDr. Andrew Dillinの仕事である。*2

 

論文の視覚的なイメージがこちら。

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graphical abstract

 

abstract

Defects in mitochondrial metabolism have been increasingly linked with age-onset protein-misfolding dieases such as Alzheimer’s, Parkinson’s, and Huntington’s. In response to protein-folding stress, compartment-specific unfolded protein responses (UPRs) within the ER, mitochondria, and cytosol work in parallel to ensure cellular protein homeostasis. While perturbation of individual compartments can make other compartments more susceptible to protein stress, the cellular conditions that trigger cross-communication between the individual UPRs remain poorly understood. We have uncovered a conserved, robust mechanism linking mitochondrial protein homeostasis and the cytosolic folding environment through changes in lipid homeostasis. Metabolic restructuring caused by mitochondrial stress or small-molecule activators trigger changes in gene expression coordinated uniquely by both the mitochondrial and cytosolic UPRs, protecting the cell from disease-associated proteins. Our data suggest an intricate and unique system of communication between UPRs in response to metabolic changes that could unveil new targets for diseases of protein misfolding.

(私訳と勝手な注釈)

ミトコンドリア代謝の障害は、アルツハイマー病、パーキンソン病およびハンチントン病のような、加齢性のタンパク質ミスフォールディングが原因となる疾患の原因になる。タンパク質ミスフォールディングストレスに応答する、ER、ミトコンドリアおよび細胞質基質(サイトゾル)内の各区画に対しての、特異的なタンパク質ストレス応答(UPR)は、細胞内タンパク質の恒常性を維持するためにそれぞれ並行して働いている。個々の細胞小器官の崩壊により、他の細胞小器官がタンパク質ストレスの影響をより受けやすくなることが知られているが、個々のUPR間の情報伝達のメカニズムは未知である。著者らは、脂質恒常性の変化を介した、ミトコンドリアタンパク質恒常性とサイトゾルにおけるタンパク質フォールディング環境とを結びつける、保存された堅個な*3カニズムを明らかにした。ミトコンドリアストレスまたは小分子の活性化因子によって引き起こされる代謝の再構成が、ミトコンドリアおよびサイトゾルUPRの両方によって、独自に制御された遺伝子発現の変化を引き起こし、疾患関連タンパク質から細胞を保護する。本研究は、代謝変化に応答した、UPR間の複雑でユニークな情報伝達システムを示唆しており、タンパク質ミスフォールディング疾患に対する新たな標的が提案された。

 

このアブストだけでは全然詳細がわからないので追加。イントロあたりを読んでのざっくりとしたまとめ。

Hsp70*4に属するmortalin(別名:mtHsp70)の発現をおとすと、サイトゾルUPRが亢進することが明らかになり、この現象をMitochondrial-to-Cytosolic Stress Response:MCSRと名付けた。

さらに、MCSRに必要な転写因子がDVE-1(ミトコンドリアUPRに関連)とHSF-1(サイトゾルでの熱ストレス応答に関連)であること突き止め、MCSRの誘導には脂肪酸の合成が必要十分だということを発見した。

これらの結果から、脂肪酸の異常な蓄積をミトコンドリアが感知してMCSRが誘導され、ストレスに応答していることを提案した。

また、MCSRを誘導して、PolyQによるタンパク毒性を抑制することも示しており、MCSRが治療標的にもなりうることを示した。

 

前回の論文のペアとなる論文である。最後に付け加えたMCSRの誘導によるPolyQ疾患のレスキューというのは、他の神経変性疾患にも応用できるか気になるところである。

そして、なるほど脂肪酸がトリガーになっているとは面白かった。イメージにある通り、アップレギュレーションを受けている脂肪酸とはカルジオリピンで、これはセラミドに対するネガティブレギュレーター。セラミドがストレス応答に対するキーになるということを心に止めておき、明日は少しミトコンドリアから離れてリソソームに関する論文を読もうと思う。結局ROSは出てこなかったな。

*1:DVE-1とHSF-1

*2:https://www.cell.com/fulltext/S0092-8674(16)31078-9

*3:この場合のrobustの訳は安定した、頑丈な、堅個な、どれが適切なのだろう。

*4:タンパクフォールディングの超重要シャペロンのファミリー