mtDNA漏洩の新たなメカニズム (Science 2019年12月20日号掲載論文)

 結論から言うと、VDACオリゴマーがmtDNA放出孔として機能していることを発見し、その下流で起きる炎症反応が自己免疫疾患に関与していることを示した論文。

 

本日は「VDAC oligomers form mitochondrial pores to release mtDNA fragments and promote lupus-like disease (VDACオリゴマーはミトコンドリアの孔を形成してmtDNA断片を放出し、ループス様疾患を促進する)」という論文で、米国 NHLBI (NIHが母体らしい) の Laboratory of Obesity and Aging Research, Cardiovascular Branch の Dr. Jay H. Chung のグループによる研究。(論文サイトへのlink→*1

 

ミトコンに孔が開いてmtDNAがサイトゾルに放出~系の論文です

ミトコン膜に孔が形成され、そこからミトコンの内容物が放出されるというのは、今までにも報告がされていました。

ミトコン膜で孔形成

mtDNA放出

サイトゾルでcGASが感知

STINGが炎症反応を誘導

という感じです。

以下は腎臓損傷の論文ですが、流れがわかりやすいので載せておきます。

https://marlin-prod.literatumonline.com/cms/attachment/c3c23d82-2a5b-408c-9cb1-64a6f5aa5718/fx1.jpg

Mitochondrial Damage Causes Inflammation via cGAS-STING Signaling in Acute Kidney Injury | Cell Reports
より、Graphical abstractを引用

 

さて、今回紹介する論文のVDACですが、voltage-dependent anion channel の略で、その名の通り電位に依存して開く陰イオンのチャネルです。酸化ストレス下でVDACがオリゴマー化してミトコン外膜で孔を形成することが報告されていたため、VDACがmtDNA放出に寄与していないか調べたということです。今までのアポトーシス研究で報告されていたBAX/BAKによる孔形成とは異なる孔が発見されたという点で大きな意義があると思います。

(今までの研究では、VDACオリゴマーはCaイオンの代謝やインフラマソームの活性化に関与していることが報告されていたそうです。ここからは妄想ですが、mtDNAの放出とCaイオンの流入/出が共役したりするはずで、VDACオリゴマーって、どこまで選択的に物質の出し入れができるのでしょうね。興味が止まりません…!)

また、細胞死が起きない状況でも、ミトコンから内容物が放出されるという報告は、これからもドンドン増えていくと思います。(個人的には、以前パーキンソン病モデルでの報告を見たことがありました)

 

興味を持たれた方はabstractもどうぞ。

Mitochondrial stress releases mitochondrial DNA (mtDNA) into the cytosol, thereby triggering the type Ι interferon (IFN) response. Mitochondrial outer membrane permeabilization, which is required for mtDNA release, has been extensively studied in apoptotic cells, but little is known about its role in live cells. We found that oxidatively stressed mitochondria release short mtDNA fragments via pores formed by the voltage-dependent anion channel (VDAC) oligomers in the mitochondrial outer membrane. Furthermore, the positively charged residues in the N-terminal domain of VDAC1 interact with mtDNA, promoting VDAC1 oligomerization. The VDAC oligomerization inhibitor VBIT-4 decreases mtDNA release, IFN signaling, neutrophil extracellular traps, and disease severity in a mouse model of systemic lupus erythematosus. Thus, inhibiting VDAC oligomerization is a potential therapeutic approach for diseases associated with mtDNA release.

(私訳と勝手な注釈) 

ミトコンドリアのストレスは、ミトコンドリアDNA(mtDNA)をサイトゾルに放出し、それによってtype1インターフェロン(IFN)応答を引き起こします。 ミトコンドリアの外膜透過性は、mtDNAの放出に必要であり、アポトーシス細胞で広く研究されていますが、生きた細胞におけるその役割についてはほとんど知られていません。 酸化ストレスを受けたミトコンドリアは、この論文では、ミトコンドリア外膜の電圧依存性アニオンチャネル(VDAC)オリゴマーによって形成された孔を介して短いmtDNAフラグメントを放出することがわかりました。 さらに、mtDNAはVDAC1のN末端ドメインの正電荷残基と相互作用し、VDAC1のオリゴマー化を促進します。 VDACオリゴマー化阻害剤であるVBIT-4は、全身性エリテマトーデスのマウスモデルにおいて、mtDNA放出、IFNシグナル伝達、好中球細胞外トラップを低下させ、疾患の症状も軽くなりました。 したがって、VDACオリゴマー化の阻害は、mtDNA放出に関連する疾患の治療アプローチになり得ます。

ER-PM間MCSにおけるGRAMタンパク質の役割とは? (eLIFE 2018年9月22日号掲載論文)

 結論から言うと、Ltc/LamホモログのGRAMD1a及びGRAMD2aが、小胞体膜と細胞膜が接触している領域 (ER-PM間MCS) において、様々な機能ドメインを決定づけるマスターレギュレーターであることを提唱した論文。

 

今年読んだ~の企画で、CCライセンス的にOKなら図を貼り付けてもいいじゃんという結論になりましたので、今日からのメモには図を追加したりします。

本日は「GRAM domain proteins specialize functionally distinct ER-PM contact sites in human cells (GRAMドメインタンパク質は、ヒト細胞において、ER-PM接触部位を機能的に異なるものに特化させる)」という論文で、米国 カリフォルニア Department of Molecular and Cellular Biology, University of California, Davis の Dr. Jodi Nunnari のグループによる研究。(論文サイトへのlink→*1

 

ER-PM間MCSの分子に着目した論文です。

 

ER-PM間MCSにも様々な種類の機能的なドメインがあって、それを決定づけるマスターレギュレーターがいるのでは?というストーリー立てが面白いです。

また、僕が思っていたよりもMCSは複雑みたいです。ERのCaイオンが欠乏し、SOCEが誘導された際に、最初の反応としてGRAMD2aとSTIM1は重なった状態でER-PM間MCSに局在するのですが、その後2つのタンパク質は両方MCSに局在したまま、互いにはすぐに離れてしまうのです。これは、MCSの「形成」の段階と「機能・維持」の段階が異なるレベルで制御されていることを示唆します。

 

本文のFig.8の図が分かりやすいので載せときます。アブストの理解の足しなるかも。

https://iiif.elifesciences.org/lax:31019%2Felife-31019-fig8-v2.tif/full/1500,/0/default.jpg

 

興味を持たれた方はabstractもどうぞ。

Endoplasmic reticulum (ER) membrane contact sites (MCSs) are crucial regulatory hubs in cells, playing roles in signaling, organelle dynamics, and ion and lipid homeostasis. Previous work demonstrated that the highly conserved yeast Ltc/Lam sterol transporters localize and function at ER MCSs. Our analysis of the human family members, GRAMD1a and GRAMD2a, demonstrates that they are ER-PM MCS proteins, which mark separate regions of the plasma membrane (PM) and perform distinct functions in vivo. GRAMD2a, but not GRAMD1a, co-localizes with the E-Syt2/3 tethers at ER-PM contacts in a PIP lipid-dependent manner and pre-marks the subset of PI(4,5)P2-enriched ER-PM MCSs utilized for STIM1 recruitment. Data from an analysis of cells lacking GRAMD2a suggest that it is an organizer of ER-PM MCSs with pleiotropic functions including calcium homeostasis. Thus, our data demonstrate the existence of multiple ER-PM domains in human cells that are functionally specialized by GRAM-domain containing proteins.

(私訳と勝手な注釈) 

小胞体(ER)膜接触部位(MCS)は、シグナル伝達、オルガネラダイナミクス、およびイオンと脂質の恒常性に重要な役割を果たしている細胞の重要な調節ハブです。以前の研究において、高度に保存された酵母のLtc / LamステロールトランスポーターはER MCSに局在して機能することが示されていました。ヒトホモログであるGRAMD1aおよびGRAMD2aの解析により、それらがER-PM MCSタンパク質であり、細胞膜(PM)の別々の領域に局在し、生体内で異なる機能を実行することを示しています。 GRAMD1aではなくGRAMD2aは、PIP脂質依存的にER-PM間MCSでE-Syt2/3テザーと共局在し、STIM1のリクルートに用いられるPI(4,5)P2が多く含まれたER-PM間MCSのサブセットに事前マークを付けます。 GRAMD2aを欠損した細胞の解析により、GRAMD2aがカルシウム恒常性を含む多面的機能に関わるER-PM MCSのオーガナイザーであることが示唆されました。したがって、著者らのデータは、GRAMドメインを含むいくつかのタンパク質によって、機能的に特化された複数のER-PMドメインの存在を示しています。

今週見た中で面白そうな論文(2019年12月第3, 4週)

Nature

社会行動とIL-17
http://aasj.jp/news/watch/11969

メトフォルミンは食欲も抑える
http://aasj.jp/news/watch/11992

ヒストン修飾の「リーダー:reader」の機能獲得型変異が、細胞運命を異常にしてしまう。
https://www.nature.com/articles/s41586-019-1842-7

 

Nature Communications

Autophagy regulates lipid metabolism through selective turnover of NCoR1
https://www.nature.com/articles/s41467-019-08829-3

 

Scientific Reports

www.riken.jp

 

Cell

オートファゴソームの生合成において、どのようにして膜がアセンブルされるのか?
https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(19)31331-5

バクテリア表面とそこにあるリポ多糖の構造をそのままの状態で構造解析
https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(19)31332-7

パイエル板の侵害受容器神経の免疫機能
http://aasj.jp/news/watch/11978

免疫記憶の常識が覆る?
-ブーストによる再刺激により出現する記憶B細胞はクローン数が制限され、胚中心への再移動も制限されている-
http://aasj.jp/news/watch/11983

 

Cell Reports

Reconstitution of the Human Nigro-striatal Pathway on-a-Chip Reveals OPA1-Dependent Mitochondrial Defects and Loss of Dopaminergic Synapses

タウとRNA代謝
Dysregulation of RNA Splicing in Tauopathies - ScienceDirect

 

 Science

ミトコンのVDAC由来のDNA漏洩
Mitochondrial DNA promotes autoimmunity | Science

BBBを迂回する話
Bypassing the blood-brain barrier | Science

miRNAの効率を決定づける要因は?
The biochemical basis of microRNA targeting efficacy | Science

バクテリア間のコミュニケーションを欺くシグナル
Host monitoring of quorum sensing during Pseudomonas aeruginosa infection | Science
(→aasjの解説記事を追記)
http://aasj.jp/news/watch/12031

ガンの適応力
http://aasj.jp/news/watch/11988


(論文じゃないけどおまけ)
休憩してリフレッシュすることも大切
In academia, hard work is expected—but taking a break is effort well spent, too | Science | AAAS

コーヒーブレイクも大切
Why scientists should take more coffee breaks | Science | AAAS

ヒストンアセチル化と転写開始はどちらが先か?の補足(随時更新)

メリークリスマスです!

今日は、2日前に書いた記事の補足をしたいと思います!

まだ読んでいないという方はこちら。

sudachi.hateblo.jp

もう読んだという方も、もう一度チラ見してみてね。結構リバイスしました~

 

何日か寝かしていると、やっぱりたくさん疑問が出たり、読み返すとわかりにくい説明ばかりだったり、リバイスって終わりがありませんが、前回の記事で特に抜けていたなと思うところを補足してみます。

 

<目次>

 

ポップな背景説明の続編

クリスマスパーティーが盛り上がってきた頃

一同はすぐ近くに"奴"がいることにに気づき始める…

 

f:id:k_sudachi:20191225231459p:plain

突然の謎ポエム

(元ネタlink→*1

何とも雲行きが怪しくなってきたではありませんか。。。

 

前回の主人公HATくんが何をしていたかは覚えていますか?

そうです、クリスマスツリーに星の飾りを付けるんでしたよね。

では逆に、星の飾りを取っていくような奴がいるとしたら…?

 

実はいるんです。

名前を、"HDAC" と言います。

 

え?名前の由来は何だって?

バイオ系の学生の中には知っている人も多いかもしれませんがHDACは、

 

Hyper Destroyer of Annoying Christmas

─イライラするクリスマスをすごい勢いで破壊する奴─

の略です*2

 

名前の通り、すごい勢いでクリスマス気分を終わらせにかかってきます。

図にするとこんな感じ

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あなたのお家のクリスマスツリーの星もHDACに盗まれてしまうかもしれない

 さて、このHDACの特性を考えると、クリスマスパーティーの始まりや終わりは、むしろHDACにより制御されている気がしてきませんか?

前回の主人公、HATくんが星を付けるのと、どっちが強いのでしょうか?

 

今回の記事ではこんな感じで、前回の記事では書ききれなかった可能性について、色々考えてみたいと思います。

 

まじめな背景説明

ヒストンアセチル化は、ヒストンアセチル基転移酵素(Histone Acetyl Transferase:HAT)だけではなく、ヒストン脱アセチル化酵素(Histone Deacetylase:HDAC)によっても制御されています。HDACは文字通り、アセチル化されたヒストンを脱アセチル化する、つまり、ヒストンからアセチル基を取り除く酵素です。

前回説明した通り、ヒストンのアセチル化は転写活性化を促進するので、HDACによりアセチル化が解除されれば、ONになっていた転写がOFFになるという訳です。またHDACは個体レベルでも色々と大事な現象に関わっております。

HDACはヒストンタンパク質のアセチル化状態の恒常性を維持することで転写等の細胞の基本的な活性を制御するのに重要な役割を果たしており、多くの脳疾患でタンパク質のアセチル化レベルが不均衡となっていることが知られている。このような点からも種々のHDAC阻害剤が新たな脳疾患治療薬として有用である可能性が示唆されている。

HDAC阻害剤は神経保護、神経栄養性、及び抗炎症の特徴を有し、学習記憶や脳疾患にみられる他の表現型などを改善できることが示されている
アセチル化 - 脳科学辞典 より引用

 なるほど、HDACは大事で、阻害剤も発見されているという訳ですね。

 

そして、これを踏まえて前回の結果を考えてみると、

RNAポリメラーゼの阻害によりアセチル化が減少したのは、HATの機能低下が原因なのか、HDACの機能亢進が原因なのかって、まだわからないですよね。

 

ではまずはこのお話から考えてみましょう。

 

論点1:RNAポリメラーゼの有無によるヒストンアセチル化レベルの変化はHDACに依存するか?

 結論から言うと、HDACに依存します。しかし、RNAポリメラーゼ阻害によるヒストンアセチル化の減少は、HDACの機能亢進というよりは、HATの機能低下によるものだと解釈されています。

少しややこしいので表にしてみます。

まず前提として、RNAポリメラーゼを阻害した際に、HATとHDACが受ける影響として、以下の①,②,③の可能性が考えられます。

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RNAポリメラーゼ阻害で、HATとHDACの活性はどうなるのだろう

そこで著者らは、HDACの阻害実験により、上記の可能性を切り分けることを試みます。

実験1
RNAポリメラーゼを阻害する前に、HDACを阻害しました。するとヒストンのアセチル化は低下しなくなりました。

実験2
RNAポリメラーゼを阻害した後に、HDACを阻害しました。するとヒストンのアセチル化は低下しました。

実験3
RNAポリメラーゼを阻害した後に、HDACを阻害しましたが、HDAC活性を元通りに戻しました。依然としてヒストンのアセチル化は(実験2と同程度)低下したままでした。

実験1, 2, 3は次のように解釈できます。

実験1の解釈: ヒストンアセチル化の減少はHDACの脱アセチル化に依存する(この段階では①,②,③全ての可能性が考えられる)

実験2の解釈: 後からHDACを阻害しても、HATがアセチル化を回復させることはない(これは少なくとも、HATの活性が低下していることを意味するので、③の可能性が消える)

実験3の解釈: HDACの活性を戻しても、さらにアセチル化が低下しない(一度HDACを阻害してしまうと、HDACの活性は完全には元通りにならない可能性もありますが、)(後からHDACの活性を上げ下げしても、ヒストンアセチル化のレベルが綺麗に相関しないので、HDACはそこまで積極的に脱アセチル化能力を獲得したとは考えにくい。つまり②の可能性が消える)

ということで①が残ります。

f:id:k_sudachi:20191231162438p:plain

まとめるとこんな感じです

また、これは阻害実験一般に言えることですが、

  • その阻害剤は、本来の目的以外の阻害効果を示す?
    →示すとしたら、その副作用は、本来の目的に依存する?
  • その化合物の阻害や除去により、目的反応の阻害以外に別の反応は阻害されないの?
    →例えば目的の反応のさらに下流の反応は阻害され得るよね?
  • その反応阻害に対応する遺伝子KDやKOによる検証はした?

という視点は持った方が良いなぁと日頃から考えています。

(あと、よく分かりませんがHATの阻害実験は行わなかったのですかね。)

 

論点2:そもそも、「RNA polⅡ阻害」という系は、「転写が開始する前」のモデルになり得るか?

なり得るが、十分ではない、と思います。


なぜなら、この実験から言えることは、 「HATのヒストンアセチル化の多くはRNAポリメラーゼに依存する」 であり、

「転写が起きてからヒストンアセチル化が起きる」 ではないからです。


その理由は、RNAポリメラーゼの転写活性がヒストンアセチル化必要であるかどうかは分からないからです。

(これについては、前回の記事の 著者に疑問をぶつけて、もう少し掘り下げてみる のところを参考にされて下さい。)

論点3:相分離仮説との関連

論点4:ヒストンのアセチル化と言うが、いくつか種類がある。ひとまとめに議論していいものか?

論点5:著者らのモデルが正しいとして、ヒストンアセチル化ではなくて何が転写を開始させているか?

*1:君は知るだろうまとめ - yajiri

*2:もちろん冗談です。ちゃんとした説明はまじめな背景説明欄をみてね。ちなみに僕はクリスマスを破壊しようなんて思っていませんよ、ははは。

ミトコン由来のROSを基点としたCaイオン動態の制御と心不全との関連 (PNAS 2015年9月8日号掲載論文)

 結論から言うと、筋小胞体のRyRからのCaイオン漏洩→ミトコンドリアにおけるCaイオン過剰→ミトコンドリア機能不全→心不全発症という流れで病態の分子メカニズムを提唱した論文。

 

今年読んだ1番好きな論文のエントリを書いていて少し滞りがちでしたが、今日からアブストメモを再開していきます。(3日坊主でも大丈夫。モチベや忙しさには波があるので、月に30記事分のアウトプットがあればヨシ!)

本日は「Mitochondrial calcium overload is a key determinant in heart failure (ミトコンドリアのカルシウム過負荷は心不全の決定的な要因である)」という論文で、米国 ニューヨーク  Department of Physiology and Cellular Biophysics, College of Physicians & Surgeons, Columbia University Medical Center の Dr. Gaetano Santulli のグループによる研究。(論文サイトへのlink→*1

 

心不全の分子機構に迫った論文です。

心不全のモデルを用いて、ミトコンドリアのCaイオン過剰が起きていることと、そのCaイオンが筋小胞体のRyR由来であることが示されます。

実は話はそれだけではなく、ミトコンドリアがCaイオン過剰になって機能不全に陥るとROSの産生が上昇し、そのROSがRyRの翻訳後修飾を変化させるという考察が書かれていました。ROSによるRyRの翻訳後修飾の変化により、筋小胞体からのCaイオンの漏洩がされに増すそうです(つまり、SRとミトコンドリアの間で、ある種のフィードバックループが形成されている…!)。面白いです。

 

興味を持たれた方はabstractもどうぞ。

Calcium (Ca2+) released from the sarcoplasmic reticulum (SR) is crucial for excitation–contraction (E–C) coupling. Mitochondria, the major source of energy, in the form of ATP, required for cardiac contractility, are closely interconnected with the SR, and Ca2+ is essential for optimal function of these organelles. However, Ca2+ accumulation can impair mitochondrial function, leading to reduced ATP production and increased release of reactive oxygen species (ROS). Oxidative stress contributes to heart failure (HF), but whether mitochondrial Ca2+ plays a mechanistic role in HF remains unresolved. Here, we show for the first time, to our knowledge, that diastolic SR Ca2+ leak causes mitochondrial Ca2+ overload and dysfunction in a murine model of postmyocardial infarction HF. There are two forms of Ca2+ release channels on cardiac SR: type 2 ryanodine receptors (RyR2s) and type 2 inositol 1,4,5-trisphosphate receptors (IP3R2s). Using murine models harboring RyR2 mutations that either cause or inhibit SR Ca2+ leak, we found that leaky RyR2 channels result in mitochondrial Ca2+ overload, dysmorphology, and malfunction. In contrast, cardiac-specific deletion of IP3R2 had no major effect on mitochondrial fitness in HF. Moreover, genetic enhancement of mitochondrial antioxidant activity improved mitochondrial function and reduced posttranslational modifications of RyR2 macromolecular complex. Our data demonstrate that leaky RyR2, but not IP3R2, channels cause mitochondrial Ca2+ overload and dysfunction in HF.

(私訳と勝手な注釈) 

筋小胞体(SR)から放出されるカルシウム(Ca2 +)は、興奮収縮(excitation–contraction: E–C)カップリングに重要です。心臓の収縮に必要なATPというエネルギーの、主要な源であるミトコンドリアはSRと密接に相互接続されており、Ca2 +はこれらのオルガネラの最適な機能に不可欠です。ただし、Ca 2+の蓄積はミトコンドリアの機能を損ない、ATPの生成を減少させ、活性酸素種(ROS)の放出を増加させることがあります。酸化ストレスは心不全(HF)に寄与しますが、ミトコンドリアのCa2 +が心不全においてどのような役割を果たすかは明らかになっていません。ここでは、心筋梗塞HFのマウスモデルにおいて、弛緩時の*2 筋小胞体からの Ca 2+リークがミトコンドリアCa 2+過負荷と機能障害を引き起こすことを、(著者らの知る限りで)初めて示しています。心臓SRには2種類のCa​​2 +放出チャネルがあります。2型リアノジン受容体(RyR2s)と2型イノシトール1,4,5-三リン酸受容体(IP3R2s)です。 SR Ca2 +リークを引き起こす、または阻害するRyR2変異を含むマウスモデルを使用して、リークのあるRyR2チャンネルがミトコンドリアのCa2 +過負荷、形態異常、および機能不全を引き起こすことがわかりました。対照的に、IP3R2を心臓特異的に欠損させても、HFのミトコンドリアの機能に大きな影響はありませんでした。さらに、ミトコンドリアの抗酸化活性を遺伝学的な手法で強化することにより、ミトコンドリア機能が改善され、RyR2高分子複合体の翻訳後修飾が減少しました。これらのデータは、IP3R2ではなく、漏洩RyR2チャネルがHFでミトコンドリアのCa2 +過負荷と機能障害を引き起こすことを示しています。

*1:Mitochondrial calcium overload is a key determinant in heart failure | PNAS

*2:筋肉はよく知らないので間違ってるかも

ヒストンアセチル化と転写開始はどちらが先か?

この記事では、2019年9月30日にbioRxivで公開された、

“The majority of histone acetylation is a consequence of transcription”

「ヒストンアセチル化の大部分は転写の結果として起きる」

というプレプリント論文を紹介します。

  

#今年読んだ一番好きな論文2019 Advent Calendarの12/23の記事です。

(親しみやすく読みやすいように、最初の導入が少しポップな感じになっていますが、その後の内容自体は結構まじめです)

  

結論だけ知りたい!という方は”まとめ”のところから飛べます。

 

<目次>

 

ポップな背景説明 (ヒストンアセチル化って何?という方向け)

時はクリスマスパーティーの準備中。

この世には2種類の人間がいる…

クリスマスツリーのてっぺんの星を飾り付けてからクリスマスパーティーを始める段取りの良い奴と、

あえて準備の時にはツリーに星を飾り付けず、パーティーが盛り上がってきたところで「オレが買ってきたこの星の飾り、綺麗だろ?」と言わんばかりに飾り付けちゃう目立ちたがり屋な奴だ。

 

え?そんなの聞いたことない?

まあそういう人がいてもいいじゃないですか。クリスマスの楽しみ方は人それぞれです。

 

冒頭の2つのパターンをイラストで書くと次のようになります。

f:id:k_sudachi:20191223230404j:plain

突然の謎イラスト

 

星の飾りを付ける、この記事の主人公を、帽子が似合いそうなので「HATくん」とします。

 

バイオ系学生達にとって、HATくんは段取りが良くて、パーティーが始まる前にスマートに星を付ける性格というのが常識でした(パターンA)。HATくんが星を飾り付けるのが最初の号令で、電飾やオーナメント等の飾り付けが行われ、パーティーが始まるという流れです。(星を飾り付けることでパーティーが始まる、と解釈して下さい)

 

しかしこの論文では、HATくんは意外にも(ナルシスト的で?)パーティーが始まってから星を付けちゃう性格ですよ、ということが示唆されました(パターンB)。つまり、クリスマスツリーに星が付けられることでパーティーが始まるという通説(パターンA)に、疑問を投げかける研究です。

 

ちなみに設定上、キラキラ光る電飾が付かないとツリーが光らなくて盛り上がりに欠けるため、パーティーは始まらないという前提があるので覚えておいて下さい。

 

さてさてこの記事では、難しい言葉で

クリスマスツリーのことをヒストン

クリスマスツリーに星をつけることをアセチル化

星をつける主人公HATくんはそのままHAT

キラキラ光る電飾をRNAポリメラーゼ

パーティーが始まることを転写開始

と呼んでいます。

 

ということで、次のように読み替えてあげると、イントロはバッチリです!

 

  • パターンA
    HATくんによってクリスマスツリーに星が付くことが、パーティー開始の号令になる
    →HATによるヒストンのアセチル化が、転写開始の引き金になる

 

  • パターンB
    パーティーが始まってから、クリスマスツリーに星を付ける
    →転写が開始してから、ヒストンのアセチル化が起きている

 

以下の記事では、2つの説のどちらなのか検証していきます!

例え話で逆にわかりにくくなった?ごめんなさい!笑

 

さて、気を取り直して、

ここから先は一切クリスマスの話はでてきませんが、バイオ系じゃない人も読んで見て下さいね!

結構シンプルなお話だと思います!

 

まじめな背景説明 (バイオ系の方はこちらから)

ヒストンのアセチル化が、転写の活性と相関があるというのは既に教科書などで書かれている通りです。「ヒストンH3の9番目のリジン残基がアセチル化されると、遺伝子の転写が活性化する」という感じです。

ヒストンのアセチル化は細胞内のヒストンアセチル基転移酵素(Histone Acetyl Transferase:HAT)により行われる。HATはヒストン中の特定のリジン残基(K)のアミノ基(-NH2(-NH3+))をアミド(-NHCOCH3)に変換することにより電荷を中和し、ヒストン-DNA間の結合を部分的に弱める。これにより、ヌクレオソーム同士をつないでいるDNA鎖(リンカーDNA)に対して転写因子やRNAポリメラーゼがより結合しやすい状態になり、結果として転写が活性化される。ヒストンの脱アセチル化では、このアセチル基加水分解により除去され、元のアミノ基に戻ることによりヒストンへのDNAの巻きつきが強められ転写が抑制される。ヒストンの脱アセチル化はヒストン脱アセチル化酵素(Histone Deacetylase:HDAC)によって行われる。
ヒストン - 脳科学辞典より引用

確かに、転写活性化因子によりHATがプロモーター領域に連れて行かれることも知られているため、HATはヒストンアセチル化により転写を「開始」させていると考えられます。

しかしながら、HATのヒストンアセチル化が転写開始を引き起こしているという説明には、まだ検証の余地があります。

もしHATが持つ他の機能が転写開始に働いているとしたら…?

というのも、HATがアセチル化するのは「ヒストン」だけではなく、他のタンパク質もアセチル化することが知られています(参照元link→Building a KATalogue of acetyllysine targeting and function | Briefings in Functional Genomics | Oxford Academic)。その中には、クロマチンモデリング因子などの転写に密接に関わるタンパク質もあります(参照元link→Gcn5 regulates the dissociation of SWI/SNF from chromatin by acetylation of Swi2/Snf2)。

ということで著者らは、本当に「ヒストン」のアセチル化が転写開始に働くのかを調査します。

 

ゲノムDNA上におけるHATの分布は、そのDNAに巻き付くヒストンのアセチル化の分布と、結構一致していない…!

ここから結果です(著者らが書いている順番と違いますが、データを省く都合でこうなりました。ご了承下さい。)。

著者らは、酵母のHAT複合体の構成因子の1つである“Epl1”というタンパク質を中心に実験を行いました。クロマチン免疫沈降(Chromatin immunoprecipitation、略称 ChIP)と次世代シークエンスを組み合わせたChIP-seqという手法により、ヒストンアセチル化の抗体で免疫沈降をして取れてきたリードをTSS(転写開始点)を基準に並べ直したのが赤色、Epl1に付けたタグに対する抗体で取れてきたデータが紫色です(Fig. 3A)(オレンジと青色は省略)。

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HATの分布とヒストンアセチル化の分布の比較

TSSの左側(転写開始点の上流なのでプロモーターなどを含む領域)に注目すると、ヒストンアセチル化の分布(赤色)と、HATの分布(紫色)が一致してません。なんと真逆の傾向を見せています。

背景説明の最後の部分で、本当に「ヒストン」のアセチル化が転写開始に効いているの?という疑問を投げました。それを踏まえると、このHATとヒストンアセチル化の分布がプロモーター領域で一致していない(他の領域と比較してHATの量が増えているのにヒストンアセチル化は減っている)という結果は、「HATさえあれば、ヒストンアセチル化はなくても転写が開始する」という仮説を支持します。

色々なHATを網羅的に調べている訳ではないので、何がこの領域のアセチル化を制御しているのかは分かりませんが、今まで信じられてきた通説では説明できないデータが出たのは事実です。

HATのヒストンアセチル化が転写開始を引き起こしているという説明が怪しくなってきたところで、さらに大胆な仮説として、ヒストンアセチル化は転写活性化の引き金となっている(primarily cause transcription)のではなく、転写が活性化された跡として残る結果的なもの(consequence of transcription)なのではないか?という問いに挑みます。

 

お…!ヒストンアセチル化は転写開始の後に起きてるっぽいぞ!

1,10-フェナントロリン・一水和物(1,10-pt)というRNAポリメラーゼⅡの阻害剤を用いた状態での、ヒストンアセチル化の挙動が調べられました。細胞全てを含むライセートでウエスタンブロットを行い、アセチル化されているヒストンのみを抗体で標識すると、様々な場所におけるヒストンのアセチル化が、RNAポリメラーゼの阻害により減少することがわかりました(Fig. 1A)。

一方、抗アセチル化ヒストン抗体によるChIP-seqでどのゲノム領域のヒストンアセチル化が影響を受けているのか調査したところ、TSSのすぐ下流の領域で特にヒストンアセチル化が減少することがわかりました(Fig. 1D)。

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RNAポリメラーゼを阻害するとヒストンアセチル化が減少する

そして、先程のFig. 3同様HAT複合体の構成因子であるEpl1を標的にしたChIP-seqで、RNAポリメラーゼを阻害した際のHATの分布を調べてみると(阻害前が青色、阻害後が赤色のグラフ)、TSSの下流のHATが減少し、TSSの上流のHATが増加する、という結果が得られました(Fig. 2)(色が薄いグラフは省略)。

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RNAポリメラーゼを阻害するとHATの分布が変化する

以上の結果から、RNAポリメラーゼがHATのヒストンアセチル化活性に必要であり、その機構としてRNAポリメラーゼがHATをTSS上流(プロモーター)からTSSの下流に連れてきているor維持している、ということが示唆されました。
どういう分子機構でRNAポリメラーゼがHATの分布を変えているのだろう?というのは気になるところですが、この論文からはまだ分からないという印象でした。

 

これまでの結果を考察してみる

今までの通説では、HATがヒストンアセチル化により転写活性化の引き金になっていると考えられていましたが、この論文の結果を次のように解釈すればどうでしょうか?

RNAポリメラーゼが阻害された」という系を「RNAポリメラーゼがTSS付近にいない」状況であると仮定すれば、これは「転写が起きる前の段階」のモデルと言えます。RNAポリメラーゼ阻害によりヒストンアセチル化が大幅に減少したことから、「転写が起きる前の段階」では、ヒストンアセチル化はほとんど起きていないと考えられます。

うーーん、確かにそうかも知れないけど、今まで思っていたのと違う説明をされると色々疑問が浮かびます。

  • この転写開始前の段階でHATは、ヒストンアセチル化じゃなくて何をしているのでしょうか?
    →恐らく背景説明で述べた「ヒストン」以外のタンパク質に対してアセチル化をして、転写開始に貢献していると考えられます。
  • では転写におけるヒストンアセチル化の意味って何なのでしょう?
    →アセチル化がTSSの上流よりもむしろ下流に多いことから、ヒストンアセチル化は転写の引き金になっているのではなくて、転写の伸長を促進したりすることで転写活性化が起きている遺伝子をactiveなままキープしておく役割があるのでは?という仮説が考えられます。
  • そして、ヒストンアセチル化の分布とHATの分布が一致しなかった件です。「TSSのすぐ上流ではHATが相対的に多いのにアセチル化レベルは低い」、「TSSのすぐ下流ではHATがそこまで多いわけではないのにアセチル化レベルは相対的にかなり高い」という結果は何を意味するでしょうか?
    →これはHATを目的の場所に連れて行くのみではなく、連れて行った後にHATを活性化する別のステップが必要であることを示唆します。その別のステップにRNAポリメラーゼが関与しているのでは?というのが著者らの仮説です。

 

著者に疑問をぶつけて、もう少し掘り下げてみる

今回紹介した論文はbioRxivというプレプリントサーバーに上がっていたものです。日頃からプレプリントにまで目を通しているという人、アラートが来るようにしている人、プレプリント?なにそれ?という人など、色々な方がいると思いますが、”preLights”というサイトをご存知でしょうか?簡単に言うとバイオ系プレプリント論文のまとめサイトで、Journal of Cell Science 誌などを発行するThe Company of Biologistsによって運営されています。

 preLightsで興味深いのが、サイトのまとめ記事に対して著者が直々に質問に答える形でコメントを付けてくれることあるんです。今回紹介した論文でも著者からのコメントがあったので1つだけ紹介します。

ヒストンアセチル化にはRNAポリメラーゼが必要であるということだが、RNAポリメラーゼの転写活性(伸長)は必要なのか?それとも、RNAポリメラーゼがHATと同じ場所にいるだけでいいのか??
→両方あり得るが、著者らは前者を推すらしい。RNAポリメラーゼの転写活性も必要だと考える理由として、著者らは次のような仮説を考えている。始めにRNAポリメラーゼとDNAが相互作用してヒストンとDNAを剥がしていき、ヒストンをHATがアセチル化しやすい状態にする。その後にアセチル化が起きる。この仮説が正しければ、RNAポリメラーゼの転写開始がヒストンアセチル化に必要ということになる。
後者のRNAポリメラーゼがHATと同じ場所にいれば十分という場合は恐らく、始めにRNAポリメラーゼがヌクレオソームにstuck:立ち往生することが、足場的な役割としてHATの活性に大事なのだろう。
preLights のページより意訳。一部改変。

 

まとめ (概要だけ知りたい忙しい方向け)

この記事では、以下の実験結果を説明しました。

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そして考察として、次のようなモデルが考えられます。

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注意点1:重要なこととして、この論文は「ヒストンアセチル化が転写活性化を促進できない」ということを示したのではありません。タイトルだけ見ればそう思ってしまいそうですが…(実際僕もそうでした)。ややこしいので、「ヒストンアセチル化にはRNA PolⅡが関与している」くらいのタイトルで良い気もしています。

注意点2:全てのヒストンアセチル化がRNAポリメラーゼに依存しているという訳でもありません。元論文のタイトルに "Majority" とあるように、逆にある程度の "Minority" のヒストンアセチル化は今までのモデルで働いているのかもしれません。
「多くのヒストンアセチル化はRNAポリメラーゼにも制御されている」という考察なら可能と思います。

 

結局、この論文の何がおもしろかったのか

振り返ってみると、ヒストンアセチル化が転写活性化に関与していることは紛れもない事実で、単にこの論文では「それが最初のきっかけなのかどうか」、という些細な問題を考えただけのような気もします。

 

結局、ヒストンアセチル化が転写の引き金になっていようがいまいが、「HATは転写活性化を引き起こすし」「ヒストンアセチル化は転写活性化の目印になる」じゃない。「今までの通説が覆る」っていうの、タイトル詐欺じゃないの?

そんなことに興味があるのはエピジェネティクスをガチで専門にしてる人だけでしょ?

 

うーーん、、確かにそんな気もしますねぇ。。(論文の著者の方々ごめんなさい)

あれれ、僕がこの論文を「#今年読んだ一番好きな論文2019」の題材に選んだのはなんでだったっけ?

 

少し考えてみました。最後になって自分語りが長いですが、ここからは主観たっぷりで、この論文のおもしろさって何だろうということについて。

 

1言でまとめると、常識がアップデートされた点かなと思います。

 

具体的には、

生物学的な重要性という意味で、

転写という超重要プロセスが開始する「本当の最初の引き金」は何なのか?という根源的な疑問が、再び浮かび上がったことに、スゲーってなった。

 

また、もっとメタ的な意味でも、

今まで僕が当然だと思っていた教科書の説明には、実は論理の飛躍があって、丁寧に思考していけば、まだまだ未知の発見があるんだろうな、というところにロマンを感じた。(と同時に、日頃からもっとシャープに問題を捉えていきたいというか、ボーッと生きてないで頑張ろうって思えた)

図にするとこんな感じ

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赤字で付け足したような話はこの論文を読むまで考えてなかったなーと。

 

うん。こういうことを感じたから、この論文を読んで、やっぱり研究って面白いなーっていう気持ちになったんです。だからこの論文が今年一番好きでした!

 

いかがでしたか?

 

隙あらば自分語りということで、個人的にここが好きだった…!という感想を長めにプレゼンしてしまいましたが、#今年読んだ一番好きな論文2019ってそういう企画ですよね!?きっと共感してくれる方も多いと信じてます!

 

ブログのコメントでもtwitter経由でも、この記事の内容に関する指摘やコメント、感想など聞かせてもらえると嬉しいです!

 

ここまで読んでいただいてありがとうございました!

ERとリソソーム間の接触部位に局在するIP3Rによる、Caイオンの輸送 (Cell Reports 2018年12月11日号掲載論文)

結論から言うと、ERとリソソーム間の接触部位に局在するIP3Rが、ERからリソソームにCaイオンの輸送をしていることを示した論文。

 

本日は「IP3 Receptors Preferentially Associate with ER-Lysosome Contact Sites and Selectively Deliver Ca2+ to Lysosomes (IP3受容体はER-リソソームの接触部位に集まり、Ca2 +をリソソーム選択的に輸送する)」という論文で、イギリス  Department of Pharmacology, University of Cambridge の Dr. Colin W. Taylor のグループによる研究。(論文サイトへのlink→*1

 

Caイオンのプローブを用いて、IP3RがリソソームにCaイオンを輸送していることを示し、IP3RがER-リソソーム間のMCSと共局在を示すことから、このMCSのIP3Rを介してCaイオンがERからリソソームへと輸送されていることが示唆されました。

また興味深いことに、リソソームのpHもCaイオンの輸送に関連していました。リソソームのpHを上昇させることで、すぐにCaに変化はないものの、リソソームの大きさが肥大化し、細胞内局在が変化することでIP3Rとの接触が減少し、リソソームのCaイオンの取り込みが低下することがわかりました。

これらの結果から著者らは、リソソームへのCaイオンの輸送という文脈で、ERがコンプレッサーあるいはピストンのように働いているというモデルを提唱しました。つまり、Caイオンに対して親和性の高いSERCAポンプでERにCaイオンを効率的に取り込み、同じく親和性の高いCaイオン排出を担うIP3Rを通して、目的のリソソームに近接した場所に、一気にCaイオンを放出することで、Caに対して親和性の低いリソソーム上の取り込み受容体にCaを流し込んでいるというモデルです。ちなみに、ミトコンドリアにおけるCaイオンの取り込み受容体:MCUも、Caイオン取り込みの効率は低く、ERのIP3Rを経由して、局所的に高濃度のCaイオンを発生させることで取り込む様です。

 

興味を持たれた方はabstractもどうぞ。

Inositol 1,4,5-trisphosphate (IP3) receptors (IP3Rs) allow extracellular stimuli to redistribute Ca2 + from the ER to cytosol or other organelles.We show, using small interfering RNA (siRNA) and vacuolar H + -ATPase (V-ATPase) inhibitors, that lysosomes sequester Ca2 + released by all IP3R subtypes, but not Ca2 + entering cells through store-operated Ca2 + entry (SOCE) .A low-affinity Ca2 + sensor targeted to lysosomal membranes reports large, local increases in cytosolic [Ca2 +] during IP3- evoked Ca2 + release, but not during SOCE.Most lysosomes associate with endoplasmic reticulum (ER) and dwell at regions populated by IP3R clusters, but IP3Rs do not assemble ER-lysosome contacts. Increasing lysosomal pH does not immediately prevent Ca2 + uptake, but it causes lysosomes to slowly redistribute and enlarge, reduces their association with IP3Rs, and disrupts Ca2 + exchange with ER.In a “piston-like” fashion, ER concentrates cytosolic Ca2 + and delivers it, through large-conductance IP3Rs, to a low-affinity lysosomal uptake system.The involvement of IP3Rs allows extracellular stimuli to regulate Ca2 + exchange between the ER and lysosomes.

(私訳と勝手な注釈) 

イノシトール1,4,5-三リン酸(IP3)受容体(IP3R)により、細胞外刺激により、Ca2+はERからサイトゾルまたはその他のオルガネラに再分配されます。siRNAおよびV-H-ATPase阻害剤を用いることにより、リソソームがIP3R*2から放出されるCa2+取り込む一方で、ストア作動性Ca2 +エントリー(SOCE)を介して細胞に入るCa2+を取り込んでいる訳ではない(つまり、リソソームへのCa2+への取り込みはSOCEと共役していない)ことが示されます。細胞質側のリソソーム膜に局在する低親和性Ca2+レポーター*3により、SOCEではなく、IP3Rの開口によるCa放出に対する、Caの局所的で大きな増加が計測されました。リソソームの多くはは小胞体(ER)と接触しており、ER上のIP3Rクラスターと共局在を示しましたが、IP3Rの欠損はER-リソソーム接触の形成には影響を与えませんでした。リソソームpHの上昇は、即座にCa2+の取り込みを妨げるわけではありませんが、リソソームの分布がゆっくりと変化し、リソソームの大きさが拡大し、IP3Rとの結合が減少し、ERとのCa2+の交換が阻害されました。 「ピストンのような方法」で、ERはサイトゾルのCa2+を濃縮し、Ca2+と親和性の高いIP3Rを介して、Ca2+低親和性のリソソームにおけるCa2+取り込みシステム(哺乳類の系では、どの分子がリソソームにCaを取り込んでいるのかはunknownらしい。)に輸送します。IP3Rの関与により、細胞外刺激がERとリソソーム間のCa2+交換を調節できるようになります。

*1:IP3 Receptors Preferentially Associate with ER-Lysosome Contact Sites and Selectively Deliver Ca2+ to Lysosomes - ScienceDirect

*2:IP3Rには3つのサブタイプがあるが、その3つの全てがredundantに働いており、どのサブタイプからのCaも、リソソームに取り込まれることができる

*3:高濃度にならないと光らないCaイオンプローブのこと。GECOが用いられていた